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十九地蔵

766 :十九地蔵 1/4:2009/08/20(木) 01:55:04 ID:pfI/pQWT0
俺の家は広島のど田舎なのだが、なぜか隣村と仲が悪い。
俺の村をA村、隣村をB村としよう。
不思議な事に、なぜ仲が悪いのかは不明なのだ。
A村の住人に聞いてもB村の住人に聞いても、明確な理由は解らない。理由不明。
しいて言えば、ご先祖様の代から互いに敵対していたと言う理由。つまり先祖の遺恨しかない。
A村、B村の人間は、結婚など御法度である。

そればかりではない。俺のじいさんなどは「B村へは決して行くな」と言う。
別にB村は部落民と言う訳では決してないし、A村も同様である。
「なんで行っちゃいけないの」と子供の頃の俺が聞くと、
「それは、B村の呪いで災いを被るからだ」等と言う。
じいさん曰く、
「A村、B村の境の道祖神を越えてA村の者がB村へ行くと、必ず禍を受ける。
 例えば、B村○○の四つ角では事故を起こす者が多いが、決まってA村の者だ」
「反対を押し切って結婚し、B村へ嫁いだ△△の娘が早死にした」
「B村の□□川は流れが急で深いから、5年か10年に一度事故が起こる。それが不思議にA村の者ばかりだ」
と言ったものだった。
勿論、本当かどうかは知らない。


767 :十九地蔵 2/4:2009/08/20(木) 01:55:45 ID:pfI/pQWT0
正直なところ、俺は祟りなぞ信じていない。
じいさんに、B村へ行くと何でA村の人に危害が出るのか聞いてみた。
「十九地蔵が呪うからだ」とじいさんは答えた。
十九地蔵と言うのは、B村の××神社にある十九体の地蔵で、
俺も見た事があるが、歴史を感じさせる古さがあるものの、ごく普通の地蔵である。
「なんで、お地蔵様が人を呪うの?」
「それは知らん」等と適当な事を言う。

こう言う因習については、若い世代ほど気にしない。
俺なども事実、B村の友達もでき、一緒に遊んだほどだ。
B村の友達に「B村ではA村に行くなとか、言われた事ある?」と聞いてみたが、
友達は「そんなこと言われた事はない」と答えた。
ますます俺はじいさんの古臭さを馬鹿にして、じいさんの言ってることは気にも留めなかった。


768 :十九地蔵 3/4:2009/08/20(木) 01:56:41 ID:pfI/pQWT0
ある日俺は、兄貴とB村にある□□川へ泳ぎに行った。
じいさんには禁止されていたが、もちろん気にしない。

所が、泳いで10分もしない内に、兄貴が「出るぞ」と言いだす。
俺がまったく霊感が無いのとは対照的に、兄貴は子どもの頃から非常に霊感の強い男だった。
「なんで、いま泳ぎ始めたばっかだよ」
「いいから、かえるぞ!!」
俺は兄貴の真剣な形相に驚き、着変えもせず短パン姿のまま衣服を持って走って帰る。
「なあ、なんで帰るん」
「お前、見えなかったのか」
「えっ、何が」
「なんだが良く解らんが、黒い影の様なもんが20人近くいて、それが俺らにものすごい敵意を向けてたぞ」
俺は、20人近い影と言う事と、十九地蔵と言う事が頭の中でリンクして、とてつもない嫌な予感を感じた。


769 :十九地蔵 4/4:2009/08/20(木) 01:58:01 ID:pfI/pQWT0
なぜ両村の仲が理由もなく悪いのか。これに納得がいったのは、俺が大学院に進学した頃である。
A村の神社より、ある文献が発見されたのだった。
それは、室町時代後期、A村とB村が××川の水利権を巡り争いを起こし、A村がB村との戦いに勝ったと言う内容である。
豊臣秀吉の刀狩りが示している様に、
刀狩りされていない時代の農民は、決して後世のイメージ通りひ弱な存在ではなく、武装していたのである。
兵農分離も進んでおらず、農民と武士の境目は曖昧である。
だから戦に勝った記憶は大変名誉なこととして、誇らしげに記述されたものだった。
けれども、時代が下って平和な江戸時代。この様な不穏な文献は、誇らしい記憶から忌わしい記憶となった。
よって、A村の神社へこっそりと隠されたのである。

この文献は中世史を語る上でも重要な文献らしく、
(つまり、農民=弱者というマルクス主義史観を覆すと言う意味でね)
地方紙ではニュースになったし、大学から学者がかなり来た。
その内容から一部要約して抜粋すると以下の通り。

『A村とB村が××川の水利権を巡り争った。A村が奇襲をかけることにより、戦に勝ち権利を治めた。
 A村の戦での被害は軽微であり、軽傷者5名。
 B村の者を16名打倒した。また、戦の巻き添えに女2名、子供1名が死んだ。
 計19名の内には、B村庄屋であり××神社宮司を務める●●家当主、宗衛門義直を含む』

十九地蔵が呪うと言うのは、じいさんの勘違いだった。
十九地蔵は、この時の死者を弔うためB村で建てられたものだった。
けれども、地蔵にさえ癒し得ない、抑えきれないほどの深い深いA村への恨みが、まだこの地には残っていたのである。

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